金曜深夜
Monday, June 29th, 2009『スプートニクの恋人』を再読している。
「村上春樹の鼻毛」のことが度々頭をよぎる。
小説のように生きるということ。主人公のつもりになることの効用。
眠かったが小説の描写の影響で最後に一本煙草を吸いたくなってキッチンの、ベランダというにはあまりに狭すぎるテラスに出た。
キッチンのできの悪い椅子を引きずってテラスとの間くらいに置く。一服しながら続きを読もうと思ったからだ。
いつもするようにテラスの柵の縁にガラスの灰皿を置き、椅子の位置を調整しようと屈めた頭を戻した際に灰皿に頭がかすり灰皿を階下へ落としてしまった。
「ゴンッ」
頭に刷り込まれたガラスが落ちた時の音とは全く違う音が一瞬響き渡った。慌てて下を覗いたら飛び散った吸い殻の真ん中に灰皿はそのままの形で落ちていた。
二階とはいえ天井の高いイタリアの建物では3メートル以上ある。灰皿の分厚いガラスというのは意外に丈夫なんだな。それとも落ち方がよかったのか。
やれやれ。果たして煙草一本の間にどれくらい小説を読み進めることが出来るのか、なんてことを考えることはなしに考えながらとりあえず当初の意図通り一服しながら小説を読む。
吸い終わったばかりの吸い殻を灰皿があったはずの縁へ置き、階下へそれを取りに行く。
割れては居なくてもどこかしら欠けているだろうと思ったら無傷だった。
なぜか底の裏側からWWFのステッカーが貼ってある灰皿。普段は吸い殻と灰で埋もれている例のパンダが顔を覗かせていた。
飛び散った吸い殻を一通り灰皿に拾い集め、いつものテラスの物置の上に戻した。
静かな夜だ。
春樹の小説は、なんだろう、ふとすれば酔ったと気づく前に簡単に飲み過ぎてしまう口当たりの良い白ワインのような。良くも悪くも。
きっと寝る前にまた少し読むのだろう。